ネオ・サディズム
いい女は、いい男にこそ抱かれるべきだ。そして男はいい女を抱くべきだ。
そこに女としての幸せがある。男としての快楽・快感がある。
それを妥協すべきじゃない。
金と色と食の欲望に憑りつかれ、いやらしくにやけたスケベ男になんて抱かれちゃいけない。
寂しさや孤独をすぐ口にし、涙を見せたがる男もいけない。
そういう男性は一見優しく善良でいい人で、女性の母性本能をくすぐるが、いざという時、本性が出る。
子供じみたわがままさ。寂しさ故に愛をねだってだだこねる。目先の欲望に目が眩む(要は浮気だ)。
彼らは口だけは達者だ。理屈をいろいろこね回すのが上手い。だがそれは行動を伴わない。口だけだ。
結果、女性を不幸にしてしまう。
女性の母性本能とは、幼い子供に対してあるものだ。
だけど、もしきみが今、そんな女々しく寂しさを簡単に口にするような弱い男であったとしても、大丈夫だ。
これから強くなればいい。男らしく、逞しくなればいい。
そのために、仕事を頑張り、社会に揉まれて肉体と精神を磨くんだ。
女を愛するのには、そういう力が必要なんだ。
そして、大事なのは、そういう気持ちを持ち続けることだ。諦めてはいけない。
自分の女を本気で愛するためにね。
そして、自分が変わり、世界が変わった時、狼の如く、女を抱くがいい。
女心の求めにしっかりと応えること。
それがSexだ。愛だと言ってもいい。
付け加えようか。
女心(Masohism)の求めに応えるのが、Sadismだ。
流行りのお店やデートスポットに連れて行ったり、お洒落なバーや美味しい食事をご馳走したり、高価なプレゼントをすることじゃない。
それはサービスだ。
男が女を愛するってのはそういうことじゃない。
存在感だ。男の存在感。それを女心は求めている。
自分の体を抱き、硬く勃起した男根で女の最も弱い所を貫くに相応しい男性。
この人になら何をされても構わない。
そんな存在感だ。
そんな存在感を持つためには、実際にそういう存在にならなければならない。
男の演技なんてすぐばれる。
女性は男の嘘を見破るのが得意な生き物なんだから。
磨くんだ。高めるんだ。自分を。男として。志持て、自分の高みを目指すんだ。
男が恋してる場合じゃない。愛さなければならないからだ。
それがネオ・サディズムだ。プライドと言ってもいい。あるいは、覚悟と言ってもいい。
まあ、お互い頑張ろうや(笑)
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